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水戸地方裁判所 昭和55年(行ク)1号 決定 1981年3月31日

申立人

島田直人

申立人

井筒浩

申立人

三宅禎子

申立人

宮本慈子

申立人

高橋宏通

右五名代理人

矢田部理

外四名

被申立人

筑波大学長

福田信之

右代理人

堀内昭三

右指定代理人

木下明

外一名

主文

一  被申立人が、昭和五五年三月一四日付で申立人島田直人、同井筒浩の両名に対してなした各無期停学(ただし、一二か月を経過するまでは解除を認めない)処分の効力は、昭和五六年四月一日以降右当事者間の当庁昭和五五年(行ウ)第一号無期停学処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する。

二  申立人三宅禎子、同宮本慈子、同高橋宏通の三名の本件各申立は、いずれもこれを却下する。

三  申立費用はこれを五分し、その二を被申立人の負担とし、その余を申立人三宅禎子、同宮本慈子、同高橋宏通の三名の負担とする。

理由

第一申立人五名の申立の趣旨及びその理由は、別紙執行停止申立書、「執行停止申立書訂正箇所について」と題する書面及び申立補充書(一)ないし(三)のとおりであり、被申立人の意見は、別紙意見書、意見書訂正書、意見書訂正書(二)及び意見書(二)のとおりである。

第二当裁判所の判断

一(本案訴訟の係属)

疎明資料によれば、申立人五名はいずれも筑波大学の学生であり、申立人島田は昭和五一年四月に入学し、第二学群人間学類の四年次に在籍し教育学を専攻する者、同井筒は同年同月に入学し、第二学群比較文化学類の四年次に在籍し比較文学を専攻する者、同三宅は昭和五二年四月に入学し、第三学群社会工学類の四年次に在籍し社会経済計画を専攻する者、同宮本は同年同月に入学し、第二学群人間学類の四年次に在籍し心身障害学を専攻する者、同高橋は昭和五三年四月に入学し、第三学群社会工学類の三年次に在籍する者であるところ、被申立人(但し、当時は宮島龍興学長であつた。)は申立人五名に対し昭和五五年三月一四日付で「筑波大学学則第四七条第一項及び第二項により、無期停学に処する(ただし、一二か月を経過するまでは解除を認めない)。」との懲戒処分(以下「本件処分」という。)をしたこと、申立人五名は右処分について違法があるとして同年六月一三日当裁判所に右処分取消の訴えを提起し係属していることが認められる。

二(積極的要件について)

申立人五名はいずれも「本件処分により回復困難な損害を被り、かつ、その損害は時々刻々拡大累積しているから、これを避けるため右各処分の効力を停止する緊急の必要がある。」旨主張するので判断する。

1  疎明資料によれば、筑波大学学則上、同大学学生の在学年限は医学専門学群の学生を除き、最長六年間であり(学則第二三条。なお、申立人五名の在籍する学群ではいずれも通常四か年間で卒業できる建前になつている)、右在学年限六年間を超えた者については学長が除籍する(学則第四五条二号)ところ、停学処分期間も右在学年限に算入される(学則第四七条四項)(即ち、停学処分中で、かつ卒業に必要な単位数のうち未履修単位ある者は、在学年限六年以内に復学してその単位を修得することができないときには、在学年限六年を超えたことを理由に除籍される。)関係にあることが認められる。この経過をたどり除籍されることになる虞れが現在発生している停学処分中の者は、結果的には退学処分を受けたのに等しいことになるのであるから(即ち、本来停学処分は、退学処分と異なり、学生たる身分を保持することを前提とする懲戒処分であるにも拘らず、在学年限経過によりその身分を喪失することとなるから)、このような事態は行政事件訴訟法第二五条二項の「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たると解するのが相当である。

(一)  そこで、まず申立人島田及び同井筒の両名について検討する。疎明資料によれば、右申立人両名はいずれも昭和五七年三月末までが六か年の在学年限(即ち昭和五一年四月入学であるため)であり、昭和五六年四月からの一年間を残すのみであるところ、申立人島田には卒業に必要な単位数(134.5単位)のうち未履修のものが少なくとも19.5単位(疎乙第五三号証、専攻科目及び体育など)あり、同井筒には卒業に必要な単位数(一三三単位)のうち未履修のものが通年科目(この科目は第一学期の始めに履修申請をしなければ受講できない。以下同じである。)を含め四一単位(専攻科目19.5単位、関連科目A一三単位、総合科目三単位、体育二単位、第一外国語1.5単位、国語二単位)あると認められる。従つて、右両名については、昭和五六年度の第一学期(四月)からの履修ができないと、仮に同年度の途中で本件処分が解除されたとしても、卒業に必要な単位数の履修が未了のまま除籍されることになる虞れが現在既に発生していると解せられるから、右両名につき「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」旨の一応疎明がなされているものというべきである。

なお、この点に関し、被申立人は、「申立人島田、同井筒の両名については、昭和五六年五月六日までに本件処分が解除され、同日から学業に復帰すれば、在学年限たる昭和五七年三月末日までに卒業に必要な履修単位を修得できるから、現段階(即ち昭和五六年三月の時点)において回復困難な被害を避けるため緊急の必要があるとはいえない。」旨主張するが、右は単純な日数計算の結果にすぎず、実際に単位修得が可能かどうか多分に疑問があり(例えば体育についてみるに、年度当初に履修申請をしていない場合は、受講しても単位が認められないことになつている。―正課体育ガイダンス・マニュアル五頁。疎甲第六五号証)、にわかに採用できない。

(二)  次に申立人三宅、同高橋の両名について検討する。

(1) 疎明資料によれば申立人三宅は昭和五八年三月までが在学年限(昭和五二年四月入学であるため)であり、昭和五六年四月からの二年間を残すところ、殊に疎乙第六六号証の資料⑥によれば卒業に必要な単位数(一三四単位、そのうち専攻科目が四〇単位である。)のうち未履修のものが四〇単位(専攻科目二七単位((一三単位が履修済である。))関連科目A九単位、同B一単位、体育二単位、第一外国語専門一単位)あり、かつその未履修のもののうちの卒業研究(通年科目)は本来同申立人の主専攻の社会経済計画の専攻実習(通年科目)の履修が前提条件になつているが、しかし同大学履修案内上「主専攻分野に進学している四年次以上の学生にあつては、基礎科目二五単位と専攻科目三一単位以上を修得していれば、右卒業研究を専攻実習と同時に履修できる」ことになつているので、基礎科目二五単位を既に修得している同申立人としては昭和五六年度に専攻科目の未履修のもののうち右二科目を除く中から一八単位を修得すれば、昭和五七年度に専攻実習と卒業研究を同時に履修できる条件を充たすことができ、かつ右書証のうち第三学群社会工学類長の陳述部分によれば右専攻科目一八単位は、体育0.5単位及び第一外国語専門0.5単位とともに、昭和五六年度の第一学期からでなくとも、第二及び第三学期に修得可能であることが一応認められる。もつとも、右履修案内上「履修申請は通年科目は勿論、第二学期及び第三学期から開始されたり又は夏期休業期間中などに集中講義で行なわれる科目についても、原則として指定期間内(おおむね四月下旬)に行なわれなければならない。」旨定められている(疎乙第六六号証資料⑤一一ページ及び疎甲第六五号証参照)が、右疎乙第六六号証の陳述部分では、第二学期に入つてからの履修申請も例外的に許容されることを前提としているので、同三宅については昭和五六年度第二学期始め(八月一日)ころまでに本件処分が解除されるならば卒業に必要な単位数の履修が可能であると認められる。なお、同申立人は回復困難な損害として教育職員免許状取得の不能をも主張するが、右疎乙第六六号証によれば教育職員免許法上、右免許状取得の基礎資格は「学士の称号を有すること」であるから、同申立人が卒業できれば充足され、未履修のいわゆる「教職科目」(教育原理三単位、教科教育法一単位、教育実習二単位)については前述のとおり昭和五八年三月に卒業できれば、その後は筑波大学の聴講生として受講することにより、同年度中に同法による教育職員免許取得の資格要件を取得することが可能であると認められる。

(2) 疎明資料によれば、申立人高橋は昭和五九年三月までが在学年限(昭和五三年四月入学であるためであり、昭和五六年四月から三年間を残すところ、同申立人は同三宅と同じ社会工学類に属しているが、希望している社会経済計画の専攻をした場合、前記(1)のとおり卒業研究と主専攻実習の同時履修が可能となり得るので、少なくとも二年間の在学年限を残していれば卒業に必要な単位の履修期間として足りると認められる。

従つて、右申立人三宅、同高橋の両名については、現時点において本件処分の効力の執行停止をしなければならない程の「緊急の必要」が存するとはいえない。

2  申立人宮本についてみるに、同申立人は「本件処分のため特に大きな経済上の困難に直面している」旨主張するが、疎明資料によれば、確かに同申立人は入学時から親の経済的援助を受けられず、日本育英会の奨学金及び家庭教師等のアルバイトの収入で自活してきたところ、本件処分後の昭和五五年四月から大学の学生宿舎を出て民間アパートに移つた(学生宿舎の収容数の制約から四年生は出る扱いになつている)ため、住居費がかさみ、同月二二日右奨学金(一か月一万八〇〇〇円)の貸与が停止されたうえ、本件処分中も大学に対し年間九万八〇〇〇円の授業料を納めなければならず、経済的にかなり苦しい状態にあることが一応認められる。しかし四年次になれば右学生宿舎から出なければならないことはあらかじめ予想され得たことであり、また、奨学金貸与者(日本育英会)と本件処分の行政庁たる学長とは勿論別個独立の存在であるから、仮に本件処分の執行が停止されたとしても、その効力として同申立人の奨学金被貸与者としての地位が当然に回復されるものであるとの疎明もない。更に同申立人は昭和五八年三月末までが在学年限(昭和五二年四月入学のため)であり、昭和五六年四月から二年間を残すところ、疎乙第六五号証によれば、同人の希望する聾学校教諭の免許取得及び卒業に必要な単位数のうち未履修のもの(43.5単位)を修得するには今後一年間あれば必要、かつ十分であり、従つて、昭和五七年三月末までに本件処分が解除され同年四月から学業に復帰できれば、前記各免許修得のうえで支障はなく、しかも、科目の組み合わせを工夫すれば昭和五七年度の履修をしながらも、週三、四日程度のアルバイトをする余地がなくもない(勿論相当の努力を要するであろうが)ことが一応認められる。

右事実を総合考慮すれば、申立人宮本につき今直ちに本件処分の効力を停止しなければ、同申立人が経済的に困窮して就学の機会を失う等回復の困難な損害を被るとまでは認められない。

3  申立人三宅、同高橋、同宮本の三名は、以上のほか大学の授業を受けられないことや図書館その他大学の諸施設を利用できないことなどによる不利益を主張するが、これらはいずれも無期停学処分に通常伴う効果であつて、これを目して行政事件訴訟法第二五条第二項所定の「回復困難な損害」がある、ということはできない。

三(消極的要件について)

1  そこで、被申立人は「申立人島田、同井筒の両名について本件処分の執行を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼす」旨主張するけれども、右申立人両名が本件処分の執行を停止されたとしても、学内を混乱させ、他の学生の勉学を妨げるなど公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞れがあるとまで認めるに足りる程の疎明はないというべきである。

2  次に被申立人は「学生懲戒処分に対する執行停止という特殊性からして(即ち、停止に伴い履修が積み重ねられ、終局的満足を与えたに等しい結果を招来する虞れがある場合には)申立人側が本案訴訟において勝訴の合理的確実性を有する場合に限り、執行停止が許容されるべきであり、かかる場合にはじめて『本案について理由がないとみえるときは、執行停止はできない』という消極的要件に該当しないことになるけれども、しかし自由裁量たる本件処分につき一応でも適法性の疎明がなされている以上、本件処分の執行停止は許容されるべきではない。」旨主張する。

なるほど右主張も一個の法律解釈ではあるが、しかしながら、いまだ本案について全く証拠調べが実施されておらず、かつ疎明のみの段階にとどまる本件の場合に右の解釈を適用することは申立人側に過酷であるとして、直ちに採用できないというべきである。のみならず、被申立人は「本件処分の基礎事実として、昭和五四年一〇月二三日以降同年一一月二日までの無許可集会など、周年一〇月二九ないし三一日の本部棟乱入行動など、同年一一月二〇日の三浦基礎工学類長に対する身体拘束事件があつた。」旨主張するところ、申立人島田、同井筒の両名も、それ相当に加担した旨の疎明(疎乙第一ないし第一〇号証、第六八号証、但し、枝番のあるものはそれをも含む、その他)があるけれども、その反面、昭和五四年度の学園祭の実行をめぐる対立した背景等を含む相反する疎明もあり(疎甲第二三ないし第二八号証、第七〇ないし第七二号証、但し枝番のあるものはそれをも含む。殊に右三浦事件について水戸地方検察庁検察官は不起訴処分にしており)、真相は如何なる実態であつたのか、更には、本件処分が裁量権の範囲をこえ又はその濫用の存否を含めて、どのように評価されるべきかにつき、結局のところ、いずれとも断定し難いものといわざるを得ない。従つて現段階においては、行政事件訴訟法第二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないと認めるのを相当とする。

四(結論)

以上のとおりであるから、本件処分に際し、当初最少限の停学期間として予定した一二か月を既に経過している現段階でもあり、申立人島田、同共筒の両名については、これ以上本件処分を継続せしめることは(確かに被申立人主張の如く「これまでの四年間に単位取得の努力に欠けていた」ことはあるとしても)在学年限六か年以内に単位取得不可能を惹起し除籍へと続く事態になるため、取りあえず暫定的に履修の機会を与えるために、本件処分の執行停止の申立を認容することとし、その余の申立人三名については「回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある」とは認められないので、その余の点を判断するまでもなく理由がないものとしてこれを却下することとし、申立費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九三条一項本文、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(龍前三郎 大東一雄 山本哲一)

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